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ChatPTによるこの記事の3行要約

  • AIは脅威でも救世主でもなく、使い方で価値が決まる道具だ。
  • 主体性を手放さなければ、AIは創作や仕事を支える強力な補助輪になる。
  • これから問われるのは技術ではなく、「何を自分で決めるか」という姿勢だ。


はじめに

最初に、ひとつだけ前置きをしておきたい。
私はこれまでに、

つまり私は、「描く側」でもあり「教える側」でもあり「AIを研究する側」という三つの立場を経験している。

だからこのコラムに書かれているのは、「ただの意見」や「どこかから聞きかじった話」ではなく、私自身が創作と教育と研究の現場で積み重ねてきた実感だ。
肯定も否定も含めて、私は実際にその現場で見てきたことを土台に話す。

その前提を共有したうえで、この先の「AIとどう付き合うか」を読んでもらえたら嬉しい。


1. 実はこのコラムも、AIに手伝ってもらっている

最初に白状しておくと、このTRPGコラムも、ずっとAIに手伝ってもらっている。

もちろん、文章自体は全部自分で書いてる。
考えてることも、言いたいことも、全部まぎれもなく自分のもの。

でも、誤字脱字のチェックや、文法の確認、表現のブラッシュアップには、AIを使ってる。
各コラムのサムネイルにはChatGPTになんとなくの雰囲気を伝えて画像を作成してもらっている。

「ここ、ちょっと分かりにくいかな?」
「この表現、もっと自然にできないかな?」

そういうときに、AIに聞いてみる。
そうすると、自分では気づかなかった視点が見えてくることがある。

AIはもう、創作の一部に入り込んできている。


2. AIの文章にはクセがある

ただ、AIが書いた文章をそのまま使うのかと言われると、そうはいかない。

AIの文章には、特有のクセがある。
AIを普段使っている人なら、なんとなく感覚で分かると思う。

「あ、これAIっぽいな」って感じる瞬間が、ある。

実際、Xなどでバズっているブログなども読んでみると「これAIに書いてもらった文章そのまま貼ったんだろうな」という物がいくつかあったりする。

でも、人の手が加わって添削された文章は、もう分からない。

AIが出力した文章に対して、

それはもう、「AIの文章」じゃなくて「その人の文章」になる。

たとえば、このコラムでも試してみた。以下は同じ内容をAIに出力させたものと、私が書き直したものだ。


【AI出力版】

AIは創作活動において便利な補助ツールとして利用されています。
文章の構成を整えたり、表現の候補を提示したりすることで、作者の作業を効率化できます。
ただし、最終的な判断や表現の選択は、人間が担う必要があります。
AIはあくまで道具であり、創作者の主体性を代替するものではありません。


【上記出力を人の手で添削】

AIは確かに便利だし、創作の手助けもしてくれる。
文章の流れを整えたり、言い回しの候補を持ってきてくれたり、作業を軽くしてくれる部分はある。
けど、最後に「どの表現を選ぶか」とか「どの方向に持っていくか」は、結局こっちが決めないといけない。
AIが道具なのは変わらないし、創作の主導権まで渡すつもりはない。


違いが分かるだろうか?
AIの文章は間違ってないし、確かにと思う事は言っている。

けど、人間の文章みたいな『温度』とか『迷い』とか『選んだ跡』がない。
部品が綺麗に並んでいる工場の棚みたいな文になる。

だから私は、AIが出力した文章をそのまま使うことはしていない。 AIが出した文章はあくまで『素材』であって、仕上げるのは自分の役割だと思っている。

素材を料理したら、それはもう料理人の一皿だ。
AIも同じで、最後に「これでいく」と決めた瞬間、その文章の責任は全部こっちに戻ってくる。

その文章は『AIの作品』じゃなくて『自分の文章』になる。


3. AIは、もう仕事にも溶け込んでいる

創作に限った話ではない。
仕事の現場にも、AIはもう入り込んでる。

私自身も、会社でAIが導入されているソフトやシステムを使用している。

実際、以前とは比べ物にならないくらい効率化された。

「AIが普及したら仕事が変わる」なんて未来の話じゃない。
もう既に変わっている。

気づいたら、AIは当たり前のように業務に組み込まれていて、それを使わない方が「非効率」と言われる時代になってる。

でも、それで人間の仕事が奪われたかというとそうでもない。

AIが単純作業を引き受けてくれた分、人間はもっと「考える」部分に集中できるようになった。

AIは補助で、判断するのは人間。

それが、今の現場の実態であり、理想形だと思う。


4. 創作における主体性は誰か

この前提で見ると、創作の世界には明確な差が出てくる。
大事なのは、『誰が意図を握っているか』だ。

最上位にいるのは、自分の頭で構想し、自分の手で形にし、自分の責任で作品を完遂できる創作者。
ここは揺るがないし、人間にしかできない領域だ。

次にいるのが、AIを道具として扱いながらも、主導権を完全に自分が握っているタイプの創作者。
意図も判断も自分でやって、AIを使っても『作品の核』は自分自身で決める。
これは現代的だけど、ちゃんと創作の土台に立ってる人間だ。

その下に、AIそのものがある。
いくら便利でも主体性がない以上、道具の役割から上には行かない。
価値も、使い手によって上下するだけだ。

さらにその下に、AIが作った事を伏せ、そのまま自分の手柄として発表する人間が入る。
悲しいかな、いまだにこの層は一定数存在する。
創作の仕組みを理解していないし、主体性も欠けているから、創作者として扱う必要すらない。

本音を言えば、このタイプは『創作者』というカテゴリに入れる事すらおこがましい。
肩書きだけ創作者を名乗ってるだけで、中身はまったく伴っていない。

困ったことに、この層の連中は声がデカい。
だが、そんな連中の言うことなんて気にしなくていい。
AIよりも下の階層にいる奴の意見を聞く筋合いはどこにもない。

…ちょっと熱くなってしまった。
一旦冷静になって、具体例を出そう。

では、どうすれば主体性を保てるのか?

先日、私は身内卓向けに作ろうとしていたTRPGシナリオのアイデアを出力させてみた。
「中世ファンタジー、村を襲う謎の病、3時間完結」という条件で。

AIは一瞬でそれらしいプロットを出してきた。

でも、読んでみると問題だらけだった。

私のプロンプトが必要最低限だったせいもあるが、とにかく薄い。

そこで私は考えた。

こうして、AIの「たたき台」に私のアイデアを注ぎ込んだ。
完成したシナリオは、もう「AIが作ったもの」ではない。私が作ったものだ。

結局ここで問われるのは、AIをどう扱えるかで、その人の地力と姿勢が丸見えになるということ。

この差は、創作の質にそのまま出る。


5. 検索エンジンも、最初はきっと革命だった

さて、ここまでAIと創作の「今」を見てきた。
では、これは本当に前例のない事態なのか?

少し視点を変えてみよう。

検索エンジンが出たとき、きっと革命だったんじゃないだろうか?

ちょっと文章を入れるだけで、それに関連する情報が大量に出てくる。
知りたいことが、一瞬で分かる。

当時の人たちは、「とんでもないものが出てきた」「世界が変わる」って騒いだのかもしれない。

でも今は?

検索エンジンは、もう生活の一部。
誰も「Google使うのすごいね」なんて言わない。
それが当たり前になった。

そして、検索エンジンが普及しても、本や参考書はまだ現役だ。

むしろ、「ちゃんとした情報」を求めるとき、人は本を手に取る。
検索エンジンで調べた後に、本で確認する。

AIも、きっと同じ道をたどる気がする。


6. TRPGコミュニティでのAI利用

ここで、一応このサイトは『TRPG成長コラム』なので触れておきたいことがある。

TRPGコミュニティ内でのAI利用について。

特に「AI生成イラストを卓で使うのはアリか」みたいな論争、見たことある人も多いと思う。

こういう意見が飛び交って、時にはすごく険悪になる。

最初に恐れずに言うと、個人的にはAIはアリだと思っている。
むしろ、既に私の卓の背景にゴリゴリに使ってる。

AIイラストは、TRPGにおいて有用なツールだと思う。

なぜか?

TRPGで使うイラストは、多くの場合「商業利用」ではない。
個人の卓で、NPCやPCの立ち絵や背景画像として使うだけ。
誰かに売るわけでも、展示するわけでもない。

そういう用途において、「イメージを共有するための補助ツール」としてAIを使うことは、何も問題ないと思ってる。

むしろ、AIがなかった時代は、

AIは、その選択肢を広げてくれた。

「絵が描けなくても、自分のキャラをビジュアル化できる」

これは、TRPGにおいて大きな意味を持つと思う。

また、『AIが仕事を奪う』という意見もある。
これは、確かに一部界隈では事実だと思う。

でも、TRPGの個人卓に関してだけいえばそんなことはないと思う。

そういう層が、AIを使ってるだけだと私は思う。

「AIがなければ、イラストレーターに依頼していた」という前提が、そもそも成り立っていない。

もちろん、商業作品や公開作品でAI生成物を無断使用するのは問題かもしれない。
個人の卓で使うだけなら、誰かの仕事を奪ってるわけじゃない。

ただし、

AI否定派への尊重も、絶対に必要だと思ってる。

何をもって肯定しているのか、何をもって否定しているのかは、人それぞれだ。
どっちが正しいとか間違ってるとか、そういう話じゃない。

だから一番大事なのは、事前に明示すること。

無駄に争う必要はない。
法律や明確な決まりがまだない以上、己の道を行けばいい。

でも、相手の道も尊重する。
それが、コミュニティを健全に保つ方法だと思う。

AIを否定する人の中には、『自分の積み重ねてきたものが簡単に再現されることへの抵抗』を感じている人もいると思う。
努力が数秒で追いつかれるように見える感覚は、確かに怖い。

だからこそ、AIを使う時は、自分が何を大事にしているかを意識しておきたい。
そこが曖昧になると、便利さに流されるだけになってしまう。


7. 私のAI活用ルール5箇条

じゃあ、具体的にどうすればいいのか。

私が実践している「AI活用ルール」を紹介する。


ルール1:AI使用は必ず事前に明示する

GMなら、「このセッションでは、背景やNPC画像にAIを使用しています」って、立卓前に書いておく。

PLなら、「PC画像にAIを使用してもいいですか?」って、キャラシート提出前に聞いておく。

これだけで、トラブルは相当減る。

ルール2:否定派がいる卓では使わない

もし一人でも否定派がいるなら、今回はAIを使わないようにする。
GMが背景などに使用していて置き換えが難しい場合は、立卓前なら辞退を考える。

それで良いと思う。

論破したくなるのもわかるが、それこそ論争を招くだけだ。

そもそも、否定派だろうと肯定派だろうと、数分議論しただけで考えが180度変わるような事はまずない。
むしろ議論が白熱して今後の関係を悪くする可能性もある。

下手に何も触れず、そっとしておくのが無難だ。

ルール3:商業・公開作品では原則使わない

個人の卓で使うのと、不特定多数に公開するのは別物。

商業作品や公開作品でAI生成物を使う場合は、権利関係をしっかり確認する。
不安なら、使わない。

ルール4:AI出力をそのまま使わず、必ず自分で確認・調整する

AIが出力したものを、そのままは絶対使わない。

「AIが作ったから」ではなく、「自分が責任を持てる」ものにする。

ルール5:たまにはAIなしで何か作ってみる

これは自分への戒め。

AIに頼りすぎると、「自分で考える力」が鈍る気がする。どこかの研究で、そんなデータが出ていた気もする。 だから、たまにはAIを一切使わずに何か作ってみる。

シナリオでも、イラストでも、文章でも。

そうすることで、「AIがなくても作れる」感覚を忘れないようにしている。


これが絶対の正解とは思わない。
でも、私なりの「AIとの付き合い方」だ。

これを読んでいるあなたも、あなたなりのルールを見つけてみてほしい。


8. 人間の作るものは、消えない

AIが普及しても、人間の書く文章や人間の描く絵の需要は、絶対に消えないと私は思う。

なぜか

人が作ったものには、人の体験と感情が乗っているから。

たとえばTRPGのシナリオ。

今のAIは、実際ある程度「遊べる」ものを出力できる。

細部まで練られたシナリオはもちろん無理だし、説明不足な部分もある。
だが、GM慣れしている人であれば全く問題なく回すことができるレベルだ。

でも、そのシナリオには「作者の想い」がない。

そういう、作り手の魂がAIの作品には(まだ)ない。

絵もきっと同じ。

AIが描いた絵は綺麗だけど、そこに「描いた人の苦悩」や「何度も描き直した跡」なんかは見えない。

人間が作ったものには、作り手の人生が滲み出る。

それが、AIには(まだ)できない。

Spotifyで何百万曲聴けても、路上ライブに足を止める人がいる。
YouTubeに無料チュートリアルがあっても、人は料理教室に通う。
ChatGPTが相談に乗ってくれても、人は友達に愚痴を聞いてほしいと思う。

「その人の物語」・「誰が作ったか」・「人という存在事態」なんかに、人は価値を見出すからだ。

TRPGも同じ。
AIが完璧なシナリオを書けても、「○○さんが作った」という文脈が、セッションを特別なものにする。

だから、どれだけAIが賢くなっても人間の作るものの需要は一定数残り続ける。

TRPGをやっている人は、AIの時代になってもきっと大丈夫。
あなたがやっているのは、人間にしかできない事だから。

少なくとも、今の時点では、そう信じている。


9. 『AIを使いこなす力』が求められる時代

人間の作るものが消えないとして、じゃあこれからの時代、何が求められるのか。

検索エンジンが普及したとき、「検索の仕方がうまい人」が有利になった。

それができる人が、正しい情報にたどり着けた。

AIも、きっと同じになる。

「AIへの命令がうまい人」が、より良いコンテンツを生み出せる時代が来る。

それができる人が、これからの時代に強くなる。

でも、それは「AIに依存する」こととは違う。

AIはあくまで今は便利な道具。
最終的に判断するのは、やっぱり人間だ。


10. AIとどう向き合うべきか

AIは、敵じゃない。
味方ってわけでもない。

使っていて、時々不安になることがある。
文章が整いすぎて、自分の手を離れたように感じる瞬間がある。
「これ、本当に自分が書いたのか?」と確認したくなる時がある。

それでも使うのは、考えを整理したり、別の視点を得たりするのに役立つからだ。
ただ、どんなに便利でも、最終的にどの言葉を残すかは自分で決めたい。
その線だけは、これからも変えるつもりはない。

今はまだ「便利な道具」だ。
でも、いつか「協力者」になるかもしれない。
あるいは、もっと別の何かになるかもしれない。

正直、10年後のAIがどうなっているかなんて、誰にも分からない。 私がこのコラムで書いた「人間の優位性」も、いつか覆される日が来るかもしれない。

でも、だからこそ大事なのは、AIに何をさせるかじゃない。 自分が何を考え、何を決め、何に責任を持つかだ。

AIが賢くなればなるほど、「自分で考える力」「自分の言葉で語る力」が問われる。

技術がどう変わっても、「これは自分が選んだ」と胸を張って言えるか。
それが、これからの時代に問われ続けることだと思う。

だから、私はこう決めている。

あなたなりのルールを見つけてほしい。
正解はまだ誰も知らないのだから。


最後に

人間が作るものには、その人自身の人生が乗る。
それは、AIには絶対に真似できない。

そしてそれこそが、TRPGも、創作も、ずっと人間の手に残り続ける理由なんだと思う。



最終更新日:2025年11月12日