AIとこれから、どう向き合っていくべきか
11/12 2025
カテゴリー:その他・個人のこと/語りの間
ChatPTによるこの記事の3行要約
- AIは脅威でも救世主でもなく、使い方で価値が決まる道具だ。
- 主体性を手放さなければ、AIは創作や仕事を支える強力な補助輪になる。
- これから問われるのは技術ではなく、「何を自分で決めるか」という姿勢だ。
はじめに
最初に、ひとつだけ前置きをしておきたい。
私はこれまでに、
- 過去にフリーのイラストレーターとして仕事をしていた
- 過去にイラストの専門学校で働いていた
- 大学の卒業研究ではAIを扱っていた(あくまで卒研レベルだけど)
つまり私は、「描く側」でもあり「教える側」でもあり「AIを研究する側」という三つの立場を経験している。
だからこのコラムに書かれているのは、「ただの意見」や「どこかから聞きかじった話」ではなく、私自身が創作と教育と研究の現場で積み重ねてきた実感だ。
肯定も否定も含めて、私は実際にその現場で見てきたことを土台に話す。
その前提を共有したうえで、この先の「AIとどう付き合うか」を読んでもらえたら嬉しい。
1. 実はこのコラムも、AIに手伝ってもらっている
最初に白状しておくと、このTRPGコラムも、ずっとAIに手伝ってもらっている。
もちろん、文章自体は全部自分で書いてる。
考えてることも、言いたいことも、全部まぎれもなく自分のもの。
でも、誤字脱字のチェックや、文法の確認、表現のブラッシュアップには、AIを使ってる。
各コラムのサムネイルにはChatGPTになんとなくの雰囲気を伝えて画像を作成してもらっている。
「ここ、ちょっと分かりにくいかな?」
「この表現、もっと自然にできないかな?」
そういうときに、AIに聞いてみる。
そうすると、自分では気づかなかった視点が見えてくることがある。
AIはもう、創作の一部に入り込んできている。
2. AIの文章にはクセがある
ただ、AIが書いた文章をそのまま使うのかと言われると、そうはいかない。
AIの文章には、特有のクセがある。
AIを普段使っている人なら、なんとなく感覚で分かると思う。
- 鉤括弧の位置
- 妙に整った文法
- ちょっと硬い言い回し
「あ、これAIっぽいな」って感じる瞬間が、ある。
実際、Xなどでバズっているブログなども読んでみると「これAIに書いてもらった文章そのまま貼ったんだろうな」という物がいくつかあったりする。
でも、人の手が加わって添削された文章は、もう分からない。
AIが出力した文章に対して、
- 自分の言葉で書き直す
- ニュアンスを調整する
- 自分の体験や感情を足す
それはもう、「AIの文章」じゃなくて「その人の文章」になる。
たとえば、このコラムでも試してみた。以下は同じ内容をAIに出力させたものと、私が書き直したものだ。
【AI出力版】
AIは創作活動において便利な補助ツールとして利用されています。
文章の構成を整えたり、表現の候補を提示したりすることで、作者の作業を効率化できます。
ただし、最終的な判断や表現の選択は、人間が担う必要があります。
AIはあくまで道具であり、創作者の主体性を代替するものではありません。
【上記出力を人の手で添削】
AIは確かに便利だし、創作の手助けもしてくれる。
文章の流れを整えたり、言い回しの候補を持ってきてくれたり、作業を軽くしてくれる部分はある。
けど、最後に「どの表現を選ぶか」とか「どの方向に持っていくか」は、結局こっちが決めないといけない。
AIが道具なのは変わらないし、創作の主導権まで渡すつもりはない。
違いが分かるだろうか?
AIの文章は間違ってないし、確かにと思う事は言っている。
けど、人間の文章みたいな『温度』とか『迷い』とか『選んだ跡』がない。
部品が綺麗に並んでいる工場の棚みたいな文になる。
だから私は、AIが出力した文章をそのまま使うことはしていない。 AIが出した文章はあくまで『素材』であって、仕上げるのは自分の役割だと思っている。
素材を料理したら、それはもう料理人の一皿だ。
AIも同じで、最後に「これでいく」と決めた瞬間、その文章の責任は全部こっちに戻ってくる。
その文章は『AIの作品』じゃなくて『自分の文章』になる。
3. AIは、もう仕事にも溶け込んでいる
創作に限った話ではない。
仕事の現場にも、AIはもう入り込んでる。
私自身も、会社でAIが導入されているソフトやシステムを使用している。
- データの自動整理
- 文章の自動要約
- 録音の文字起こし
- 会議の議事録作成
実際、以前とは比べ物にならないくらい効率化された。
「AIが普及したら仕事が変わる」なんて未来の話じゃない。
もう既に変わっている。
気づいたら、AIは当たり前のように業務に組み込まれていて、それを使わない方が「非効率」と言われる時代になってる。
でも、それで人間の仕事が奪われたかというとそうでもない。
AIが単純作業を引き受けてくれた分、人間はもっと「考える」部分に集中できるようになった。AIは補助で、判断するのは人間。
それが、今の現場の実態であり、理想形だと思う。
4. 創作における主体性は誰か
この前提で見ると、創作の世界には明確な差が出てくる。
大事なのは、『誰が意図を握っているか』だ。
最上位にいるのは、自分の頭で構想し、自分の手で形にし、自分の責任で作品を完遂できる創作者。
ここは揺るがないし、人間にしかできない領域だ。
次にいるのが、AIを道具として扱いながらも、主導権を完全に自分が握っているタイプの創作者。
意図も判断も自分でやって、AIを使っても『作品の核』は自分自身で決める。
これは現代的だけど、ちゃんと創作の土台に立ってる人間だ。
その下に、AIそのものがある。
いくら便利でも主体性がない以上、道具の役割から上には行かない。
価値も、使い手によって上下するだけだ。
さらにその下に、AIが作った事を伏せ、そのまま自分の手柄として発表する人間が入る。
悲しいかな、いまだにこの層は一定数存在する。
創作の仕組みを理解していないし、主体性も欠けているから、創作者として扱う必要すらない。
本音を言えば、このタイプは『創作者』というカテゴリに入れる事すらおこがましい。
肩書きだけ創作者を名乗ってるだけで、中身はまったく伴っていない。
困ったことに、この層の連中は声がデカい。
だが、そんな連中の言うことなんて気にしなくていい。
AIよりも下の階層にいる奴の意見を聞く筋合いはどこにもない。
…ちょっと熱くなってしまった。
一旦冷静になって、具体例を出そう。
では、どうすれば主体性を保てるのか?
先日、私は身内卓向けに作ろうとしていたTRPGシナリオのアイデアを出力させてみた。
「中世ファンタジー、村を襲う謎の病、3時間完結」という条件で。
AIは一瞬でそれらしいプロットを出してきた。
でも、読んでみると問題だらけだった。
- NPCの動機が薄い
- クライマックスが予定調和すぎる
- 「村人の苦悩」が表面的
私のプロンプトが必要最低限だったせいもあるが、とにかく薄い。
そこで私は考えた。
- 病の原因を『呪い』ではなく『過去の戦争で使われた魔法兵器の後遺症』にしたらどうか?
- 村長が実は元兵士で、罪悪感を抱えている設定にしよう
- PLたちは治療法を見つけるが、それを使うと別の村が犠牲になる…というジレンマを入れよう
こうして、AIの「たたき台」に私のアイデアを注ぎ込んだ。
完成したシナリオは、もう「AIが作ったもの」ではない。私が作ったものだ。
結局ここで問われるのは、AIをどう扱えるかで、その人の地力と姿勢が丸見えになるということ。
- 自分の頭で考えてるのか
- 意図を握れているのか
- 作品に自分自身を乗せられるのか
この差は、創作の質にそのまま出る。
5. 検索エンジンも、最初はきっと革命だった
さて、ここまでAIと創作の「今」を見てきた。
では、これは本当に前例のない事態なのか?
少し視点を変えてみよう。
検索エンジンが出たとき、きっと革命だったんじゃないだろうか?
ちょっと文章を入れるだけで、それに関連する情報が大量に出てくる。
知りたいことが、一瞬で分かる。
当時の人たちは、「とんでもないものが出てきた」「世界が変わる」って騒いだのかもしれない。
でも今は?
検索エンジンは、もう生活の一部。
誰も「Google使うのすごいね」なんて言わない。
それが当たり前になった。
そして、検索エンジンが普及しても、本や参考書はまだ現役だ。
むしろ、「ちゃんとした情報」を求めるとき、人は本を手に取る。
検索エンジンで調べた後に、本で確認する。
AIも、きっと同じ道をたどる気がする。
6. TRPGコミュニティでのAI利用
ここで、一応このサイトは『TRPG成長コラム』なので触れておきたいことがある。
TRPGコミュニティ内でのAI利用について。
特に「AI生成イラストを卓で使うのはアリか」みたいな論争、見たことある人も多いと思う。
- 「AIイラストなんて使うな」
- 「イラストレーターの仕事を奪ってる」
- 「著作権はどうなってるんだ」
- 「いや、便利なんだから使えばいいじゃん」
- 「個人利用なら問題ないでしょ」
- 「使っちゃいけないなんて法律ありませんけど?」
こういう意見が飛び交って、時にはすごく険悪になる。
最初に恐れずに言うと、個人的にはAIはアリだと思っている。
むしろ、既に私の卓の背景にゴリゴリに使ってる。
AIイラストは、TRPGにおいて有用なツールだと思う。
なぜか?
TRPGで使うイラストは、多くの場合「商業利用」ではない。
個人の卓で、NPCやPCの立ち絵や背景画像として使うだけ。
誰かに売るわけでも、展示するわけでもない。
そういう用途において、「イメージを共有するための補助ツール」としてAIを使うことは、何も問題ないと思ってる。
むしろ、AIがなかった時代は、
- 絵が描けない人は、フリー素材を探し回るしかなかった
- 理想のイメージが見つからなくても、妥協するしかなかった
- 自分のキャラを「ビジュアル化する」手段が、限られていた
AIは、その選択肢を広げてくれた。
「絵が描けなくても、自分のキャラをビジュアル化できる」
これは、TRPGにおいて大きな意味を持つと思う。
また、『AIが仕事を奪う』という意見もある。
これは、確かに一部界隈では事実だと思う。
でも、TRPGの個人卓に関してだけいえばそんなことはないと思う。
- 予算がないから、フリー素材で済ませていた
- 自分で描けないから、テキストだけで表現していた
- そもそも、イラストレーターに依頼するという選択肢がなかった
そういう層が、AIを使ってるだけだと私は思う。
「AIがなければ、イラストレーターに依頼していた」という前提が、そもそも成り立っていない。
もちろん、商業作品や公開作品でAI生成物を無断使用するのは問題かもしれない。
個人の卓で使うだけなら、誰かの仕事を奪ってるわけじゃない。
ただし、
AI否定派への尊重も、絶対に必要だと思ってる。
何をもって肯定しているのか、何をもって否定しているのかは、人それぞれだ。
どっちが正しいとか間違ってるとか、そういう話じゃない。
だから一番大事なのは、事前に明示すること。
無駄に争う必要はない。
法律や明確な決まりがまだない以上、己の道を行けばいい。
でも、相手の道も尊重する。
それが、コミュニティを健全に保つ方法だと思う。
AIを否定する人の中には、『自分の積み重ねてきたものが簡単に再現されることへの抵抗』を感じている人もいると思う。
努力が数秒で追いつかれるように見える感覚は、確かに怖い。
だからこそ、AIを使う時は、自分が何を大事にしているかを意識しておきたい。
そこが曖昧になると、便利さに流されるだけになってしまう。
7. 私のAI活用ルール5箇条
じゃあ、具体的にどうすればいいのか。
私が実践している「AI活用ルール」を紹介する。
ルール1:AI使用は必ず事前に明示する
GMなら、「このセッションでは、背景やNPC画像にAIを使用しています」って、立卓前に書いておく。
PLなら、「PC画像にAIを使用してもいいですか?」って、キャラシート提出前に聞いておく。
これだけで、トラブルは相当減る。
ルール2:否定派がいる卓では使わない
もし一人でも否定派がいるなら、今回はAIを使わないようにする。
GMが背景などに使用していて置き換えが難しい場合は、立卓前なら辞退を考える。
それで良いと思う。
論破したくなるのもわかるが、それこそ論争を招くだけだ。
そもそも、否定派だろうと肯定派だろうと、数分議論しただけで考えが180度変わるような事はまずない。むしろ議論が白熱して今後の関係を悪くする可能性もある。
下手に何も触れず、そっとしておくのが無難だ。
ルール3:商業・公開作品では原則使わない
個人の卓で使うのと、不特定多数に公開するのは別物。
商業作品や公開作品でAI生成物を使う場合は、権利関係をしっかり確認する。
不安なら、使わない。
ルール4:AI出力をそのまま使わず、必ず自分で確認・調整する
AIが出力したものを、そのままは絶対使わない。
- 内容を読んで理解する
- 自分の意図と合っているか確認する
- 必要なら修正・追加する
「AIが作ったから」ではなく、「自分が責任を持てる」ものにする。
ルール5:たまにはAIなしで何か作ってみる
これは自分への戒め。
AIに頼りすぎると、「自分で考える力」が鈍る気がする。どこかの研究で、そんなデータが出ていた気もする。 だから、たまにはAIを一切使わずに何か作ってみる。
シナリオでも、イラストでも、文章でも。
そうすることで、「AIがなくても作れる」感覚を忘れないようにしている。
これが絶対の正解とは思わない。
でも、私なりの「AIとの付き合い方」だ。
これを読んでいるあなたも、あなたなりのルールを見つけてみてほしい。
8. 人間の作るものは、消えない
AIが普及しても、人間の書く文章や人間の描く絵の需要は、絶対に消えないと私は思う。
なぜか
人が作ったものには、人の体験と感情が乗っているから。
たとえばTRPGのシナリオ。
今のAIは、実際ある程度「遊べる」ものを出力できる。
細部まで練られたシナリオはもちろん無理だし、説明不足な部分もある。
だが、GM慣れしている人であれば全く問題なく回すことができるレベルだ。
でも、そのシナリオには「作者の想い」がない。
- 「このNPCには、こういう背景があって…」
- 「このシーンで、こういう感情を味わってほしくて…」
- 「このエンディングに、こんな意味を込めていて…」
そういう、作り手の魂がAIの作品には(まだ)ない。
絵もきっと同じ。
AIが描いた絵は綺麗だけど、そこに「描いた人の苦悩」や「何度も描き直した跡」なんかは見えない。
人間が作ったものには、作り手の人生が滲み出る。
それが、AIには(まだ)できない。
Spotifyで何百万曲聴けても、路上ライブに足を止める人がいる。
YouTubeに無料チュートリアルがあっても、人は料理教室に通う。
ChatGPTが相談に乗ってくれても、人は友達に愚痴を聞いてほしいと思う。
「その人の物語」・「誰が作ったか」・「人という存在事態」なんかに、人は価値を見出すからだ。
TRPGも同じ。
AIが完璧なシナリオを書けても、「○○さんが作った」という文脈が、セッションを特別なものにする。
だから、どれだけAIが賢くなっても人間の作るものの需要は一定数残り続ける。
TRPGをやっている人は、AIの時代になってもきっと大丈夫。
あなたがやっているのは、人間にしかできない事だから。
少なくとも、今の時点では、そう信じている。
9. 『AIを使いこなす力』が求められる時代
人間の作るものが消えないとして、じゃあこれからの時代、何が求められるのか。
検索エンジンが普及したとき、「検索の仕方がうまい人」が有利になった。
- キーワードの選び方
- 情報の見極め方
- 検索結果から本当に必要な情報を引き出す力
それができる人が、正しい情報にたどり着けた。
AIも、きっと同じになる。
「AIへの命令がうまい人」が、より良いコンテンツを生み出せる時代が来る。
- AIに何を聞くか
- どう指示を出すか
- 出力された結果をどう使うか
それができる人が、これからの時代に強くなる。
でも、それは「AIに依存する」こととは違う。
AIはあくまで今は便利な道具。
最終的に判断するのは、やっぱり人間だ。
10. AIとどう向き合うべきか
AIは、敵じゃない。
味方ってわけでもない。
使っていて、時々不安になることがある。
文章が整いすぎて、自分の手を離れたように感じる瞬間がある。
「これ、本当に自分が書いたのか?」と確認したくなる時がある。
それでも使うのは、考えを整理したり、別の視点を得たりするのに役立つからだ。
ただ、どんなに便利でも、最終的にどの言葉を残すかは自分で決めたい。
その線だけは、これからも変えるつもりはない。
今はまだ「便利な道具」だ。
でも、いつか「協力者」になるかもしれない。
あるいは、もっと別の何かになるかもしれない。
正直、10年後のAIがどうなっているかなんて、誰にも分からない。 私がこのコラムで書いた「人間の優位性」も、いつか覆される日が来るかもしれない。
でも、だからこそ大事なのは、AIに何をさせるかじゃない。 自分が何を考え、何を決め、何に責任を持つかだ。
AIが賢くなればなるほど、「自分で考える力」「自分の言葉で語る力」が問われる。
技術がどう変わっても、「これは自分が選んだ」と胸を張って言えるか。
それが、これからの時代に問われ続けることだと思う。
だから、私はこう決めている。
- 構想と最終判断は必ず自分で
- AI出力は「たたき台」として扱う
- 使用時は事前明示を徹底
- AI否定派の意見も尊重
- 年1回、AIなしで創作してみる(感覚を忘れないため)
あなたなりのルールを見つけてほしい。
正解はまだ誰も知らないのだから。
最後に
人間が作るものには、その人自身の人生が乗る。
それは、AIには絶対に真似できない。
そしてそれこそが、TRPGも、創作も、ずっと人間の手に残り続ける理由なんだと思う。
最終更新日:2025年11月12日

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