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1. わかってしまうこと、あるよね

たとえばCoCで遊んでいると、ふとした瞬間に『あれ、もしかしてこのシナリオの黒幕、〇〇じゃない?』とか『このやり方、たぶん△△の手口だな』なんて、展開や演出から『中の仕掛け』が見えてくることがある。

CoCを何度も遊んでいると、神話生物の特性や出方、よくある構造に詳しくなっていく。

ましてや、シナリオを書く側だったりすると、『これ多分、最後に■■が出てくる流れだな』と予測できたりもする。

そして、実際よく当たる。


2. でもそれ、『キャラ』が気づけること?

それを推理するのは、たしかに楽しい。

むしろ、CoCの醍醐味のひとつかもしれない。

でも、ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。

その『黒幕の察し』や『神話生物の特定』、探索者は本当に気づけるだろうか?

プレイヤーとしての自分が知っているだけで、キャラクター自身は〈クトゥルフ神話〉技能もない。
神話的存在の『気配』すら知らないかもしれない。

それでも、『この状況、多分〇〇でしょ』と言い出してしまうと、物語から一気に『冷める』瞬間が生まれる。


3. それ、誰のための発言?

ここでもうひとつ、想像してみてほしい。

CoCにまだ慣れていないプレイヤーが同卓していたとする。

その人が真剣に推理したり、緊張感の中でRPしている中で──

……なんて聞かされたら、どう感じるだろうか?

多分、ついていけない。
そもそも、言われても嬉しくない。

それ、単なる知識マウントでしかない。


4. メタがすべて悪いわけじゃない

もちろん、メタプレイの全否定をしたいわけじゃない。

──そういう『わかってる前提での笑い』は、正直楽しい。

メタを共有して『お約束』を楽しむ文化もある。
そこには、ある種のメタ込みのエンタメ感がある。

けど、それは『わかっている人同士でやるから』こそ成り立つ。

誰がどこまで知ってるかわからない卓でそれをやると、その空気は、案外すぐ壊れる。


5. 知識で見せるより、所作で魅せろ

TRPGに慣れてくると、『自分が上級者かも?』と思う瞬間が来る。

でも、本当にかっこいい上級者って、『知識を語る人』じゃなくて、『周りをちゃんと楽しませられる人』だ。

そういう『余白の所作』にこそ、知識よりずっと大きな説得力が宿る。


最後に

メタプレイは、TRPGの中にひっそり存在する『毒と薬』

使い方を間違えなければ、場を楽しくするスパイスになる。
でも、無自覚にばら撒けば、物語の空気が一瞬でしぼんでしまう。

だから、ちょっとだけでいい。

『これ、今ここで言う必要あるかな?』そう自分に問いかけるクセをつけてみてほしい。

知ってることを見せつけるより、『わかってても何も言わない人』の方が、ずっとかっこいいから。


最終更新日:2025年7月27日